享年10歳と10ヶ月
うちで飼っていた兔さん(ぱんちゃん)が永い眠りにつきました。
あまり明るいお話ではないので、以下隠します。
相棒の実家で飼っていたぱんちゃんが家に来たのは今年の春くらいでした。
その時点で10歳というとてもおじいちゃんでした(人間でいうと80歳過ぎ。本によっては90歳過ぎ)
でもとても元気なおじいちゃんで、野菜は選り好みするとても頑固で可愛いおじいさんでした。
そのぱんちゃんの頭(額?)におできが出来始めたのが9月ごろ。
元々小動物はおできができやすい動物なのと、その前から小さなおできが出来ていたので、自分も相棒も然程気にしておりませんでした。
でも一、二ヶ月で倍の大きさになり、まずいかもしれないと相棒が病院に連れていったのが11月の頭。
おできは癌でした。
本来は切除するべきなのですが、ぱんちゃんの年齢と、癌ができた場所が頭という事で自分と相棒は自然に任せる事にしました(それでなくても小動物は麻酔に耐えられない事が多々とあります)
癌はどんどん大きくなり、ぱんちゃんの顔はお岩さんもびっくりな感じになり、正直なところ自分も相棒も年を越せるとは思っておりませんでした。
ただぱんちゃんの癌は体内ではなく外部に膨らんでいたのが幸いだったんだと思います。
食欲が落ちるとか他に症状もなく無事に年を越しました。
でも不幸な事に大きくなった癌は重力に負け始めました。
その頃には、癌は子供の拳くらいに大きくなっており、「もしかするとイチジクみたいに落ちるかもしれない」と獣医さんに言われるほどでした。
それなりに覚悟を決めた自分と相棒は「先はあまり長くないだろうから好きな物を食べさせて(クレソンとかパセリとか癖のある野菜が好き)、最期までしっかり面倒を見てあげよう」と面倒を見てました。
仕事が終わったら直ぐに家に帰ってお世話をする。というのが今年に入ってからの常となっておりました。
でも三日前、重力に負けたぱんちゃんの癌は獣医さんが言った通り割れてしまい、血が噴出しました。
その時は血も直ぐに止まり、事なき得たのですが、癌はぐらぐら。何時落ちてもおかしく無い状態になりました。
そして、一昨日癌の割れ目は更に激しくなり、ぱんちゃんは立てなくなりました。
御飯はもちろん、水を飲む元気もなく、ただ横になったまま。
割れた傷はぐちゅぐちゅで、腐臭もして手のつけようがありませんでした。
猫達も様子がおかしいのを察しているのか、時々様子を見に来たり、小屋の近くで丸くなったりしていました。
痛いのか時折暴れるぱんちゃんを抑えつつ、「朝になったら獣医さんに連れて行こう」と相棒と話して、交代で看て迎えた朝、獣医さんに連れて行く前にぱんちゃんは永い眠りにつきました。
自分も相棒も泣きました。
そして、二人で安心しました。
これでもう苦しまなくて済むんだと、ぱんちゃんは楽になったんだと安心しました。
その後、相棒は実家に連絡を入れて、実家の方で動物の葬儀屋さんの手配をしてくれました。
自分としては、自分達で葬儀屋さんの手配をするつもりだったのですが、ぱんちゃんの兄弟が眠っているお墓に一緒に入れてくれるという事だったのでお任せしました。
生と死は隣り合わせ。
生があるから死に意味があって、死があるから生に意味があるんだと自分は思ってます。
それでも悲しみはつきもので、寂しいです。
今までも自分は色んな動物を飼ってきましたが、兔は初めてでした。
動物は沢山の気持ちを教えてくれる先生だと自分は思います。
自分が一緒にいたのは一年足らずでしたが、ぱんちゃんも沢山の気持ちを自分に教えてくれました。
短い間だったけれど、本当にありがとう。
今は天国で兄弟と再会していると思うけど、たまには自分や相棒の事を思い出してね。
本当にありがとう。
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